「差別の現実に学ぶ」ことの柱に部落の地域・仕事・生活を据える
2021年度 藤本忠義
はじめに
東京には部落問題に関する教育・啓発・研修でよく活用されている資料館・資料室が3つある。港区にあるお肉の情報館、墨田区にある産業・教育資料室きねがわ、台東区にある皮革産業資料館である。この3つに共通することは部落の伝統的産業である皮革関連産業、と畜の仕事などを学ぶことである。そして現地学習の拠点施設となっていることである。この報告は、資料室きねがわの17年の歩みの中で見えてきたことをこれからの教育・啓発・研修に生かすためまとめたものである。
東京では部落問題を知らない、わからないという人がますます多くなってきている。こうした中で「差別の現実に学ぶ」ことの柱に部落の地域・仕事・生活を据えること、現地学習で部落と出会った人々の多様な感想を共有することが教育・啓発・研修の充実に効果的であること、また一人一人の感想それ自体が差別解消に役立つ力となること、感想を共有することが部落の仲間や現地学習で学んだ人にとっても多くの気づきや学びをもたらすこと、このような学習がますます大切になってきている。報告のキーワードは現地学習・多様な感想の共有そして地域・仕事・生活と向きあうことである。
1、お肉の情報館、産業・教育資料室きねがわ、皮革産業資料館
お肉の情報館は2002年12月、東京都芝浦と場・食肉市場内に開設された。食肉市場・芝浦と場は、新鮮で安全なお肉を安定的に供給し、都民の食生活を豊かにする重要な役割を担っている。この情報館は、食肉市場への理解を深めるために、①と場の業務・役割の紹介②食肉の生産・流通の紹介③食肉市場・と場に対する偏見や差別の解消などが展示されている。人権啓発の拠点として、行政、教育関係者や企業、労働組合、宗教団体などの同和研修に活用され、来館者は年間1万人に達している。
資料室きねがわは2003年3月をもって統廃合された旧木下川(きねがわ)小学校の校舎の一部を使って開設された。現在では年間3000人以上の人に授業や同和研修で活用されている。「皮革産業資料館」(台東区)は、皮革産業に関わる地元の企業の協力によってつくられた。台東区には、「かわ」を扱うところや「かわ」製品をつくる会社や、販売する会社が日本で一番多く集まっている。この資料館では、江戸時代から今までの貴重な革製品を集めて展示している。皮革文化の向上に役立てることを目的とした「かわとはきもの」に関する資料館である。
2、産業・教育資料室きねがわ
東京スカイツリーで有名な墨田区に木下川地域がある。数年前、ここで鞣されるピッグスキン(豚革)を使用した「木下川ブランド」がテレビで取り上げられた。現在、日本国内で鞣される豚革の9割以上が木下川で鞣されその品質の高さからヨーロッパにも輸出され、有名ブランドの革製品の素材にもなっている。
資料室きねがわは木下川地域の中にあり、東京の同和教育を長年けん引してきた旧木下川小学校が2003年統廃合された後、2004年に校舎内1階に開設された。「皮革と油脂」を中心とする木下川の産業資料と木下川小学校の教育資料を収集・保存・整理した展示室が開設された。その後2014年の校舎取り壊しにより近くの東墨田会館に移転し、リニューアルオープンした。
その2階で昔の皮革生産の道具、今作られる革や油脂などを見せ、小・中・高、大学生たちに地域の産業とみんなの生活のつながりについて教えている。その他、教育関係者や企業、行政職員、労働組合、宗教団体などの同和研修などで活用されている。この3年間を見ても授業や同和研修、来る人は非常に増えており、年間3000人を超えている。
墨田区の小・中学校の半分以上、多い年で3分の2の小・中学校の児童・生徒がここで学んでいる。資料室きねがわの運営は長年、同和教育を熱心に取り組んできた元教員たちでつくる「産業・教育資料室委員会」が行っている。
3、「資料室きねがわ」は何を伝えようとしているのか
元木下川小学校教員の岩田明夫さんは教え子の作文を通して何を伝えるべきか次のように語っている。「この地域の皮革と油脂の仕事・労働をして生き生きと生活している家族の生活を知ることから部落が見えてくることを伝えたい」。そして原点となった作文を紹介した。「1976年、最初の教え子が中学に入ってすぐの作文である。地域の真ん中にあった木下川小学校の生徒が地域外の中学校に通うようになってからのことである。何人かの卒業生が書いてくれたうちの1人の生徒の作文です」。
(卒業生A)「私の住んでいる所は木下川とよばれ、皮やさん油やさんなどがたくさんある。だからいろんなにおいがする。みんなはくさいとか木下川どくとくのにおいとかいう。においのことで私たちはバカにされたり、いろいろなことでくやしい思いをするときがある。これはお父さんやお母さんの小さいころからもあったと聞く。私がくやしい思いをしたのは、中学に入学してからのこと、いろんな生徒が集まり、木下川の生徒と言えば35人という、ほんのわずかな数だった。みんな木下川といえばにおのことをいう。運動会を木下川にある運動場でやった時、ちがう学校の友達から『木下川っていつもくさいの?いつもこんなにおいがするの?』と、いやな顔で言われた。『そんなことないよ』と木下川の友達と答えた。今になって考えると、なぜ、ウソをついたのか、なぜほんとうのこといわなかったのか、こうかいしている。ウソをついた理由は、自分自身よくわからないけれど、きっと本当のことをいえばいやがられる、きらわれるとでも思ったのだろう。でも、今度聞かれたら、はっきりほんとうのことをいおうと思う。私の友達で中学がちがう子も、とてもくやしい思いをしている。友達を木下川に連れてきた時、『木下川ってくさいのね』とやっぱりいわれたそうだ。もっとひどいことでは、木下川にいるのはみんなバカだともいわれたと聞いた。私はくやしい。みんながもうちょっと木下川のことを理解してくれたらなと思う。来年、木下川から中学に行く子も私たちみたいにくやしい思いをすると思う。そんなとき、木下川のことをはっきりいってわかってもらった方がいい。」この作文にはいろいろな大事な視点があるが、特に「木下川のことをはっきりいってわかってもらった方がいいと思う。」と書いた子どもの視点をずっと大切にしてきたし、問われつづけてきた言葉である。
これは岩田さんたちが何を伝えるべきか、木下川の子ども達から岩田さんたちに出された宿題としてとらえ、真しにこれに答えるために「資料室きねがわ」で教員退職後も活動を続けてきている。
現在、近隣の中学校の生徒たちが資料室きねがわで学んでいる。「きねがわ」訪問で学んだこと、感じたことは何ですかとの問いに生徒たちは(中学生B)「墨田区で作られた皮が世界からみとめられたり日本の90%をなめしていることは知らなかったので聞いた時はビックリした。これはすごいことだと思います
。墨田区にはスカイツリー以外にも皮がすごいじまんできることだと僕は思いました。そして、今回の皮革産業の勉強は小学校とはちがういろいろなことを学べて良かったです。」(中学生C)「人々の生活が便利になるように、研究して、努力していたので、人として素晴らしいなと思いました。皮革産業を誇りに思っている人だと思いました。便利なものを作っているのに、なぜ差別はなくならないのか、疑問でしかないです。皮革産業は世界から認められ、外国からも称さんされている。皮革産業を差別している人に、とても大切なことだと知ってほしい」などの感想で答えている。
こうした感想が「資料室きねがわ」の歩み17年の歳月をかけて得た宿題の答えである。長く続けることによって見えてくることがある。
4、小・中・高・大学生が現地学習で学んだこと
ここで学ぶ小学生は3年生が中心です。(小学3年生C)の感想では「皮が動物でできているなんてしりませんでした。」と新鮮な驚きが伝わってくる。動物といっても牛や馬や豚などで家畜の革を実際に見せる。また、革のキ-ホルダーづくりも行ったりする。(小学3年生のD)「キーホルダーがあんなかわいいキーホルダーになってとてもうれしかったです。革ってすごい、いろいろな物にへんしんするんだなと思いました。」と革に親しんでいる様子がわかる。
現地学習ではさまざまな感想や気づきがある。(中学生E)「意識して身の回りを見てみると、かばんやベルト、衣服、はき物、バッグ、財布、手袋などの身に付けるものだけではなく、サッカーボールや野球のグローブ、スパイクなどのスポーツ用品、ソファなどの家具、太鼓や“三味線”などの楽器、というように革はさまざまな形で私たちの生活に溶け込んでいます。しかし、皮革産業で働く人々がいなければ、私達は皮革製品を使うことはできません。大切な仕事の一つなので差別することがあってはいけないと思いました。私達の他にもより多くの人がその大切さを知れば、差別がなくなると思います。」
(都立高校生Fの感想)「町の人たちが皆前向きに生きようとしていることが強く感じられた。都会のデパートなどで、高級品として売られている革の製品からは、革産業の過酷な歴史や大変な仕事内容は想像する機会すらなかった。お気楽な人にとって、革産業は“臭くて、汚い”こととして見られがちなのだろう。美しくて頑丈な革製品に日頃お世話になっているというのに、職人さんに感謝しないというのは、少し考えれば間違っていると分かるのに、今回は革産業の歴史に触れられて良かった。知ること、触れることは大事ですね。」
(大学1年生G)「木下川の子供たちに皮をなめす体験をされていた、という岩田先生たちの取組みの重要性を改めて感じている。『差別はいけないことだからやめましょう』という簡単な話で片づけるのではなく、かといって部落差別問題から目をそむけるのでもない。子どもたちが木下川の歴史と向き合うための必要不可欠なものとして、子どもたちが自身で気づくきっかけを与えていらっしゃる気がした。私にはそれが、とても尊い取り組みに思えた。部落差別についてまったく縁のない場所で育った私には、その地域の人たちがどんな差別を受け、困難と向き合ってきたのか、本当に想像することは難しい。でも今回の訪問で、私の中で教科書の片隅にぽつんとあっただけの部落問題を、こんなに身近に感じ、考える機会をいただいた。このことに感謝したい。」(大学2年生H)「資料室で木下川の歴史や皮鞣しの展示を見て、皮だけでなく油脂や膠も扱っているということや生活の中にいろいろなものに使われていることに驚くと同時に、社会に欠かせない働きをしているのだと気づかされました。」(大学4年生I)「木下川小学校やその周辺の学校での教育に関するお話からは、差別は差別する側に問題があるということを改めて確認しました。差別する側の問題というのは、偏見や誤解、イメージによってもたらされるという側面があると思います。」以上、現地学習では、さまざまな感想を聞くことができる。部落の地域・仕事・生活に向き合う授業は豊かな同和教育を創造している。
そして高校生Fの感想を紹介したが、高校生たちは八広駅から歩いて、木下川地域に入り皮革工場に近づいた時、かすかな臭いにも敏感に反応し「くさい、くさい」と言いながら資料室きねがわに来るけれど、現地学習を終えた後は、多くの高校生が「くさい、くさいと言いながら来た自分がはずかしい」と考えるようになった。部落の地域・仕事・生活と向き合えば確実に意識は変わり、多くのことを学ぶことができると確信した出来事である。
5、東京都教育委員会の人権教育プログラム(学校教育編)
都内各地の人権尊重教育推進校などで3つの資料館・資料室を活用した食肉や皮革の授業が広がり同和教育の実践報告も充実してきたことを背景に、長い時間がかかったものの東京都教育委員会はやっと重い腰を上げ、2017年度の人権教育プログラム(全ての都立学校教職員に配布されている冊子)に下記のとおり同和教育の具体的な指導内容を明記した。
この記述は人権尊重教育推進校だけではなく、東京で同和教育をすべての都立学校、すべての教職員が同和教育を実践していく方向性を打ち出したものとして画期的な意義ある方針である。以下、人権教育プログラム(学校教育編2017年度版)から抜粋したものである。
Q具体的に、どのようなことを踏まえて指導すればよいのでしょうか。
A 優れた技術や役割が社会や文化を支えていたことを理解させるためには、例えば社会科や地理歴史科で、児童・生徒が江戸時代の身分制度や蘭学について学習する際に、生活に欠かせない仕事をしてきたことや、優れた技術によって、医学の発展に貢献したこと等を指導します。差別解消に努力した人々の姿を共感的に理解させるためには、例えば、大正時代に、自らの力で差別をなくすために立ち上がり「全国水平社」を結成したこと等について指導します。
また、小学校の社会科、中学校の社会科(公民的分野)、高等学校の公民科で、基本的人権に関する学習を行う際に、人権課題「同和問題」は、現代社会における人権問題であることを理解させ、偏見や差別の解消に取り組もうとする能力や態度を育てることが大切です。さらに、総合的な学習の時間等を活用し、皮革や食肉に関する学習と関連させて指導を行うとより効果的です。
社会科等と皮革や食肉に関する学習を関連させて指導している例
小学校・中学校の社会科や高等学校の地理歴史科、公民科において、人権課題「同和問題」に関わる歴史や現代における差別について理解させるとともに、皮革や食肉に関する内容を、児童・生徒の発達段階に応じて、総合的な学習の時間等を活用して指導する。
(皮革に関する学習の例)
・地域の産業である皮革に関連する工場等を見学し、革製品が作られる工程について調べるとともに、皮革産業に携わる人々の話を聞くことを通じて、皮革産業が、自分たちの生活を支えていることを理解する。
・ 革を使った小物作り等を行うことを通じて、皮革に関わる伝統技術を学ぶ。
(食肉に関する学習の事例)
・食肉がどこでどのように生産されているか調べるとともに、「お肉の情報館」を見学し、食肉市場の役割や食肉市場で働く人々の技術等について理解する。
・ 食肉市場の職員の方の話を聞くことを通じて、食肉に関する仕事が、自分た
ちの生活を支えていることや食肉市場で働く人々の思いや願いについて知り、仕事に対する偏見や差別について考える。
以上のとおりの東京都教育委員会の同和教育に関する方針が明示されたことは、大変意義深い。この方針が出された背景にお肉の情報館や資料室きねがわ、皮革資料館を活用した同和教育の実践が広がり、成果をあげてきたからである。これからも①「人々の生活に欠かせない仕事をしてきたことや、優れた技術や役割が社会や文化を支えていたことを理解させる。」②「差別解消に努力した人々の姿を共感的に理解させる。」との2つの視点を柱に同和教育を推進し、人権尊重教育推進校だけではなく都立のすべての学校で推進されなければならない。
また、2つの視点は教員や教育委員会の同和研修でも柱にしなければならない。年々、人権尊重教育推進校を中心に3つの資料館・資料室を活用した教員等の研修が増えている。部落の地域・仕事・生活に出会う同和研修がさらに広がれば同和教育は充実したものになるに違いない。
6、地域・仕事・生活に向き合った同和研修の感想
資料室きねがわで皮革産業・地域の歴史や同和教育の学習、DVD「木下川の皮革工場を見る」の視聴、皮革工場見学、展示室での説明、そして木下川地区の歴史と解放運動の学習のまとめとして、3つのことを話している。
① 今日、部落問題に対する無理解(無知)が差別事件を引き起こしている。
部落問題を知らない、わからないと無関心でいることが差別の温床になっている。個々人の責任ではなく、国や行政の責任で教育・啓発・研修が行われなければならない。②今日起きている差別事件を分析すると事件の社会的背景に部落に対する根強い差別意識があり、今もなお根拠のない差別・偏見が再生産され続けていることにある。差別事件が起きる原因は差別事件を起こす人々と社会的背景に原因があるのである。そもそも生まれによる差別はあってはならない。③部落は人々の生活に欠かせない仕事を担ってきた、皮革と食肉文化、日本文化を支えてきたことを伝えている。
こうした現地学習を通じて、参加者はどのような感想をもったのだろうか。まず、現地学習の終わりに質疑応答の時間で語られた参加者の感想で大変印象深かったことについて紹介しておきたい。
(現地学習で多様な感想)
現地学習の質疑応答の時間に「今後の研修の進め方や内容を考える参考のために今日の感想を聞かせてほしい」とお願いして時間的に可能な範囲で数人から十人くらいの参加者に聞いている。参加者は何を感じたか、何が伝わったかを知ることができ、参加者同士も学び合いになっている。
「私たちの世代では差別問題から話がはじまると部落の実態がわかっていないので何を聞いても腑に落ちない、今日の研修は、まず皮革産業・地域の実態などを聞いてから差別問題の話があったので腑に落ちました。この順番がいいと思いました。」と話されたことが深く印象に残っている。またある参加者は「私は東京生まれなので、部落問題がわからない。そこで今日の研修のことを関西出身のつれあいに話し、なぜ部落の人々を差別するのかと聞いたところ、みんなが差別しているからではないかと言っていた」との話も印象的である。つまり差別する明確な根拠は説明できないのである。
また現地学習の中で「差別はどうしたらなくすことができるのでしょうか」との質問を受けることがある。そんな時、「差別を解消する力とは何でしょうかともに考えてほしい」と問いかけなおしている。なぜなら、この質問ならば、自分ならば何ができるだろうかと主体的に考えられるからであり、また、10人いれば10通りの答えがあるからである。多様な感想や意見を共有したり、学び合うことこそが本当の学びであり、「解消の力」を育むことではないだろうか。差別解消の力はみんなでつくり出すものではないだろうか。
こうした感想は普段あまり私たち当事者は聞く機会が少ない。現地学習だからこそ聞くことができた貴重な感想である。以下、行政、企業、教育関係者、労働組合、宗教団体などの感想は大変学ぶことが多いいと考え多くの人々と共有し、ともに考えるためにまとめた。
(百聞は一見にしかず)
「今までは差別について知らない人が増えることが、差別をなくすために大事なことだと思っていたところがあったが、今日の研修を受けて、正しく理解することが差別をなくす第1歩なのだと感じた。」「現地に出向いて現場を視察させていただき、しっかりと時間をとって歴史、運動の事例を勉強したのは、実に初めての経験であり、講演や受講生のグループ討議と異なり、一生忘れられないものとなりました。」「今回,視察前に木下川地区と検索しましたが、多くの差別的な記述が出てきて、匿名性を悪用した、大変ひどいものでした。講師からは訴訟で対抗しているとのことでしたが、量的に対抗しきれない状況となりつつあり、あらたな差別意識が醸成されることを危惧しています。今回の視察で現実を学び、今後自分がどのような行動ができるのか考えさせられるものとなりました。」「首都圏出身で学校の授業等で同和問題について習った記憶はほとんどなかったので、研修内容は大変勉強になりました。」「私自身は北海道生まれであり、同和問題という言葉すら知らずに社会人になったので、同和問題をその地域に行って実際に学ぶという研修は、知らない世界を知るいい機会になりました。」「百聞は一見にしかずのとおりで何事も自分の目で見て感じることが、理解を深める上で大事なことを改めて実感した」「研修を受講するまでは、過去にあったことと思っていた同和問題について、現在も職業によって差別を受けている方がいるということを知って驚きました。」
(人の嫌がる仕事ではない)
「これまで、部落の人々を『人々が嫌がる仕事をしていてくれるのだから、差別してはいけません』という人が多く、私自身もそう教わってきた記憶があった。今回産業を見ることで、この地区の産業は世界に誇れるものであるし、それを担っている方たちのプロ意識等すばらしいものがあると感じた。」「部落問題について理解していたつもりだったが他人ごとでいたように思います。近年でもこんなに差別事件があるということに驚きました。」
(同和問題を身近に感じた)
「今回の研修のように、皮革や食肉など、実生活で関係性の強い内容から入ることで、同和問題をより身近に感じました」「現地研修で今まで遠くに感じていた差別問題が身近なものになりました。」「これまで同和問題について、座学の機会しかなかったため、実際に現地を訪問し、生の声を聞くことは同和問題を認識する上でとても有意義なものであった。まさに百聞は一見にしかずではないが、多くの人に実体験をもって、考える機会をもってほしいと思う」「関東出身のため部落問題に関して教科書にあった記憶はあるが授業を受けた記憶はなかった。そのため『部落』は触れてはいけないイメージでしかなかった。生活に密着した皮革産業を見学し、様々な学びがあった。」「同和問題を学ぶステップとして、皮革産業等を学ぶ重要性を強く感じることができました。まずは自分自身が部落差別等について学んでいく必要があると改めて感じることができました。」「自分の中で、部落での皮なめしなどの伝統的な仕事は厳しくてつらくて生活が嫌になると勝手に思い込んでいましたが、実際は豊かな暮らしもあったと思います。どこから来たイメージなのか分かりませんが、普通の生活をしていないと思うことは、私の中に差別につながる意識があると思いました。」「部落問題を考えるにあたっては、『差別』という言葉そのものに私は引っ張られがちだったけれど、まずはその『仕事』に注目するところからスタートさせる、というのは重要だと感じた。」「見学を通じて『差別は見ようとしないと見えない』ということを改めて感じ、差別と歴史について関心が高まりました。」以上のとおり、研修に参加した一人一人の感想は大変貴重である。
(感想を共有することが大切)
部落の当事者にとっても、現地研修に参加者にとっても感想を共有することで、多くの学びや気づきを得ることができる。こうした感想こそ差別を解消する力があると思う。
木下川地区の現地学習はリピート率がとても、高い。なぜなのか、いくつもの理由を感想が物語っていると思う。私たちがよく出会う感想に「今日はとても楽しかったです。皮革のことや差別問題にも関心、興味が湧いてきました。」などの感想がある。こうした感想を聞くと現地学習が次の学習につながるとの手応えを感じる。無関心から関心をもつ入り口が出来ている。
7、部落の現在(仕事・生活・文化)から学ぶ
産業・教育資料室は学校の授業、同和研修、社会教育など多くの機会で活用されている。その中で今日、大変重要な提起をしてくれた感想文について紹介する。
2018年度に国分寺市のある公民館で「フィールドワークで学ぶ人権講座 お肉と革のできるまで~暮らしを支える仕事を知ろう~」という連続講座が行われた時に書かれたものである。
この講座では「日ごろ私たちが食べている肉や、身につけている革製品はどのように作られているのでしょうか。それらの仕事を知り、働く人々に向けられてきた偏見や差別の歴史と現状を学ぶとともに、人々の生活やさまざまな暮らしを見つめます。フィールドワークでは、豚革の生産日本一の墨田区の地域と牛の取引額日本一の港区の食肉市場・芝浦と場に出かけます。」とのテーマで全5回(5日間)行われた。
第1回は岩田明夫さんの講演「皮革のまち木下川と子どもたち」、第2回は高城順さんの講演「食肉に関わる仕事と芝浦と場」、第3回は岩田さんの講演「暮らしを支える仕事と同和問題」、第4回は食肉市場・芝浦と場にある「お肉の情報館」見学、「産業・教育資料室きねがわ」の見学、第5回はまとめと革細工体験、講師は岩田さん。参加者数は26人延べ参加者数は106人。
最終回には、豚革を使ったアクセサリー作りの体験もあり、参加者からは「部落差別は遠い昔の話だと思っていたので講座に参加して驚いた。知ることができてよかった。」「5回講座でも足りないくらい。連続講座だから楽しく感じた。」などの感想が寄せられた。その中の1人の参加者の感想は重要な問題提起を含んでいた。
(私たちの暮らしとの関わりから学ぶ)
感想文は「…関西では小、中、高校で人権について関東より多くの時間をかけて学びます。その一方で日常何気ない会話の中で特定の地域や国籍についてタブーとされつつも口にしたりということがありました。差別はいけないということを習っているのにこれはどういうことだろうと、大人になっても疑問は消えることはありませんでした。東京に引っ越してからは関西のような雰囲気を感じることは少なくなり、子どもの授業や友人関係でも会話になることはありませんでした。それは東京が色々な地方から来た人で出来た都市だから同和問題は過去のことという意識なのか、もしくは知らないのかなと思って過ごしていました。もしかしたら、知らずにいることで差別的なことは問題にならないのかも知れない、その方がいいのではないかと思うようになりました。岩田先生にそのことをお話したら、『知らないことがいいとは思わない、木下川のことを知ってもらいたくて活動しているんだよ』との言葉に私ははっとしました。私たちは学校で、江戸時代の身分制度の流れから現在までの同和問題を学ぶことがほとんどだと思います。けれどもその流れとは反対に、私たちの生活や暮らしにとって大切なお肉や皮革がどう作られているのか、それを支えている人たちのお仕事の様子から学んでいけば感謝や尊敬こそすれ、差別する気持ちは出てこないと思います。私自身、実際にフィールドワークで食肉市場、皮革工場地域を訪れてたくさん学ぶことがありました。豚革を輸出していること。有名な油脂会社のこと。もったいない日本の文化の良さを再確認しました。私は趣味で色々なものを作ったりしていますが、こちらの豚革の品質は本当に素晴らしいと感じましたし、何をつくろうかと創作意欲が湧いてきました。この講座を通して学べたことは、~暮らしを支える仕事を知ろう~という副題のとおり、わたしたちの生活に密接に関わることばかりでした。今ではこのお肉は港区の食肉市場から来たのかな?と思ったり、ワークショップで作った木下川のタッセルを身につけて、それ可愛いね、と声をかけてくれた人に品質のよさを話してみたりしています。」との内容である。
(多様な感想が提起していること)
この感想文の問題提起の一つは現地学習(フィールドワーク)の意義がどこにあるのかを教えてくれる。「私たちの生活や暮らしにとって大切なお肉や皮革がどう作られているのか、それを支えている人たちのお仕事の様子から学んでいけば感謝や尊敬こそすれ差別する気持ちは出てこないと思います。」との感想は私たちの心に響き、現地学習の意義をあらためて確認させてくれる。墨田支部は支部結成以来、同和教育のために、あるいは行政をはじめ多くの区民の部落問題への理解を得るために現地学習(フィールドワーク)に取り組んできた。しかし、最初から皮革・油脂業界、地域住民の理解があったわけではなく、根強い「寝た子を起こすな」との考えのもとフィールドワークに対して、快く良く思っていない、批判的な人たちもいたのである。しかし、墨田支部の粘り強い解放運動により少しづつ理解者が増えてきたのである。また産業・教育資料室きねがわの17年間は、展示室等で現地学習(フィールドワーク)の目的や意義がわかりやすく見えるので理解者がさらに増えてきたと思う。こうした試行錯誤、紆余曲折を踏まえると私たちはこの感想に励まされるのである。またこれまで紹介した多様な感想の一つ一つから現地学習の意義を再確認
できるのである。
二つ目は、これまでの教育・啓発・研修のあり方の課題を鋭く指摘していることである。「江戸時代の身分制度の流れから現在までの同和問題を学ぶことがほとんどだと思います。けれどもその流れとは反対に、私たちの生活や暮らしにとって大切なお肉や皮革がどう作られているのか、それを支えている人たちのお仕事の様子から学んでいけば」との感想は私たちに大きな問題提起を投げかけている。現在の部落の実態、仕事や生活そして解放運動を知ることが大切なのだ。一度も部落と出会うことなく、部落問題理解の土台や根っこはつくられないことを指摘している。百聞は一見にしかず、同和問題を身近に感じたなどの多様な感想は部落問題学習の入門、基礎がどのようにつくられるのか、効果的な学びとは何なのか教えてくれている。今後の教育、啓発、研修のあり方、方向性を考える上で大変参考になると思う。
おわりに
これまで紹介した多様な感想は、現地学習(フィールドワーク)を柱とした教育、啓発、研修こそが今日もなお根強く存在する部落に対する偏見や差別意識を大きく変えていくために求められていることを教えてくれている。
現地学習により現在の部落の実態がわかり、部落問題理解の土台ができることである。今日、全国的に部落問題を知らない、わからないとうい人が増えている傾向の中では今まで以上に現地学習が重要である。また、「知らない、わからない」のは、個々人の責任ではなく、学校、職場、地域で部落問題を学ぶ機会が少ないからである。このことは、部落差別解消推進法を踏まえれば国や行政の責任、社会的な責任なのである。そして、同和教育・社会教育の中身が問われる課題である。
「私たちの暮らしを支える仕事を知ることが大切である」との感想にあるとおり、部落問題の理解のためには、すべての人々と部落の地域・仕事・生活、文化とのかかわりを知ることが大切である。現地学習ではじめて部落問題を身近に感じた人は多い。現地学習を通じて、部落に対する自分の思い込みや偏見に気づいた人もまた多い。現地学習は偏見、差別意識を大きく変えることができる。現地学習の多様な感想は多くの気づきを与えてくれる。
私たちは長い間、どうすれば効果的な教育・啓発・研修が実現するのか試行錯誤しながら実践してきた。そして、産業・教育資料室の17年の歩みを通じて「差別の現実に学ぶ」ことの柱に部落の地域・仕事・生活を据えることがもっとも効果的であると多様な感想から学んだ。これからも部落差別解消のために現地学習(フィルドワーク)を続けていきたい。