ぶたくんの授業1年間  

   ぶたくんの授業1年間 ― 生命から生命へ ―
                           東京都墨田区立東吾嬬小学校(当時) 宮坂きみ子

 東京墨田の地で同和教育にふれて10年になる。皮革なめし工場とその関連工場が集まる木下川の子どもたちの課題は、私たち墨田の教育にさまざまな問題を提起してきた。皮革工場、油脂工場から発生する“におい”の問題として、他地区の子どもたちと初めて一緒に勉強していく中学校で“におい”や“仕事”のことで肩をすぼめている実態、そして、仕事・くらしのきびしい実態のなかにいる子どもたちの生活の問題として。
 こんな提起をうけて、木下川の皮革工場見学を授業に取り入れたり、皮なめしを学校でやったり、なんとか木下川の課題を学校のなかに位置づけ学んでいこうとする実践が近隣校を中心に進められてきた。
 このような状況のなか、木下川小学校出身の子どもの一人が、中学校で「部落、部落」と差別され、この問題の実態をあらいだすなかで登校拒否する生徒や自殺まで考えていた生徒たちの状況があかるみに出され、地域ぐるみで、当該中学校に対し、糾弾闘争が大きく展開された。
 この糾弾闘争のなかで、実際に差別をうけた生徒から墨田の同和教育に鋭いつきつけが出された。一つは、木下川の皮工場の学習のなかで「みんながいやがっている仕事を一生懸命しているんだ」という意識を助長しているような点があるのではないか。もう一つ、教師や他地区の生徒たちは、木下川の産業過程から生じる“におい”について“くさい”というところから出発するが、これは「においがする」というのが正しいのではないか、と。“くさい”という言葉はそれ自体すでに偏見を含んでいるのだと。
 さらに、この問題に関連して、中学の学級のなかで木下川の問題を提起した生徒は、小さいころ住んでいた油脂工場での生活が大好きだったこと、こんなことをわかってくれる仲間をふやしたいと訴えていた。
 私たちの進めてきた同和教育のあり様を、こんなにも的確に鋭く問うてきたことに驚くと同時に、このような子ども達の提起をうけて、差別の問題、木下川の産業について、私の学校でも、子どもたちが肌で感じることができ、くらしに密着した取り組みをしたいと考えた。
 木下川の外周校、そのまた外周校である私の学校でもときどき、「皮屋」、「油屋」の“におい”がしてくる。4年前この学校にきたとき、「わたしたちの町」という題で作文を書かせたところ「においさえなければいい町だ、とお母さんが言っています」と書いてきた子もいる。その“におい”が何なのか、みた目には決してきれいではないかもしれない原皮から、あのしなやかな皮ができていくこと、生きている動物を殺さないかぎり皮製品はできないこと等々、私自身の驚きも含め子どもたちと一緒に学習したい。そして、きれいだとかきたない、気持ちよい、気持ち悪いという感覚まで皆同じになっている感覚、意識を、さらに差別の根底にある、きたないもの=不浄のもの=けがれるもの、おそろしいもの、という潜在的思想を、真実にふれさせることにより、認識しなおすことにより、問いただしたい。つくられた価値観をひっくり返したい。それには、皮工場見学から出発し、人間と豚とのかかわりの事実をできるだけ多く提示し、事実を事実として、と畜・解体・肉食・加工等をトータルとして子どもたちにうけとめさせたいと考えた。
 直接、部落を前面にすえた授業ではないが、皮、肉、内臓といった部落産業が私たちの食文化を豊かにしていることを実感し、結果として部落といい出会いができ、部落に近づくことができたらいいという思いでまる1年かけてつぎのようなことをやった。

ぶたくんのじゅぎょう(3年生)
その1 人間は、塩以外すべて生きているものを殺して食べている話
その2 ビデオ「食のルーツ5万キロ・一滴の血も生かす」をみる
その3 ビデオ「人間の街」から食肉市場を学ぶ
その4 皮から革へ 事前学習・皮工場見学・皮なめしのじっけん・なめした革でふくろつくり
その5 肉を使ってハンバーグつくり
その6 腸を使ってソーセージつくり
その7 脂肪を使って石けんつくり
その8 骨を使ってとんこつラーメンつくり


その1 人間は、塩以外すべて生きているものを殺して食べている話
 「殺す」というと、すぐ残酷とか、ひどいと発するが、毎日食べているものには、命があり、その命をもらって私たちの命があることを、芝浦にある食肉市場見学を中心に話す。肉は肉工場からくると思っている子どももいるなか、子どもたちはかなりのショックをうけた。

生きているものを殺して(命をもらって)食べていることを勉強して
 わたしは、先生のお話しを聞いてこう思ったんだよ。わたしは、ほんとうにすごいなと思ったことがありました。わたしは、先生から牛肉、豚肉の話しを聞いてこわくなりました。しんじられないほどこわくなりました。

先生のおはなしをきいてわたしこう思ったのよ。あのね、牛とか殺すときにピストルみたいなものをつかって、牛のおでこのまん中にうってからけい動みゃくとゆうところをきると血がいっぱいでると先生が言ったらみんなが「ざんこく」とか「かわいそう」ってゆってるけどみんなごはんでおにくがでたら「おいしそう」ってゆってたべるのにね。


その2 ビデオ「食のルーツ5万キロ・一滴の血も生かす」を見る
 「食のルーツ5万キロ・一滴の血も生かす」(NHKビデオ)の、豚をと畜し、血を出し、つるして真っ二つにし、ぶどうのような内臓を取り出すところは、まさに圧倒的であり、どぎもをぬかすものであった。つぎは何だろうとドキドキしないではいられなかった。ドキドキしながらも、つめと目玉以外、血の一滴だってむだなく食べものになっていることをみせつけられた。腸の長さに驚いただけでなく、ぼうこうも、胃袋もからだのなかの袋という袋は全部詰め物に使う人間の知恵の賢さに驚かされた。

わたしはビデオを見てびっくりしました。
それは、ぶたのちょうがあんなに長いと思ってもいなかったからです。わたしは、ぶたのおなかからちょうのかたまりをとりだしたときは、あまりにも大きかったのでびっくりしました。
 わたしはフランスのハムを見て、とてもきれいだなと思いました。わたしは、ぶたのおなかから内ぞうがとれたときは、あんなにきたなかったのにあんなにきれいなハムになるとは思ってもいませんでした。
 ぼうこうをふうせんみたいにふくらましているのを見ておもしろいなと思いました。わたしはハムをうすく切っているところを見て自分でもやってみたいなと思いました。ぶたをふたつに切るのを見て、ほねまでいっしょに切っていたのですごいなと思いました。ぶたのおなかを切っているときにボールに血をいれてかきまぜているのを見ていったいなにをやっているのかなと思いました。わたしはきれいなハムを食べてみたいと思ったけれど、血のハムはあまり食べてみたいと思いませんでした。
 のうみそを食べてそんなにおいしいのかなと思いました。
 わたしは、食肉市場を見て牛の顔がかざってあったのを見て、舌を出しているのがおかしいなあと思いました。食肉市場全たいがお肉だらけだったから、すごい数の中にお肉があったんだなあと思いました。食肉市場の中にあったどうぶつを見て、すこし気持ちわるいなと思いました。
 わたしは、ビデオを見て気持ちわるいなと思ったところもあったけれど、わたしたちの食べているお肉や、ソーセージがどうやってできているのかがよくわかりました。

 今日ね、ビデオを見て思ったよ。わたしたちが食べているお肉はどうやって食べられるようになるかわかったよ。ハムが1500しゅるいといっていました。わたしは、ハムをはじめて見たのがいっぱいありました。
 でも、えい語がすこしはいっていたから、すこしてまがかかったよ。ぶたさんはどうやって、食べられていくか。びくりしたのはね、ぶたさんの目とつめいがいはぜんぶつかえるって、はじめてしったよ。ぶたさんのどうみゃくを切ると血がいっぱいでてた。ぶたさんの血があとでソーセージにつかわれるなんてはじめてしったよ。そして50度くらいのおゆに入れて、ぶたさんの毛をそって、ぶたさんのちょうどまんなかから切っていったんだよ。ぶたさんの中のいろいろなものをとりだしたよ。とくにびっくりしたのは、ちょうがすごく長くてびっくりしました。
 そばに女の子たちがたっていました。3~4年生くらいの子かなーと思いました。気持ちわるいとか、キャーとか言わずに見てたからそれほどなれている人じゃなきゃあだめだと思いました。
 ソーセージやレバーをつくるのに4時間もかかるなんてとても思っていませんでした。おいしそうに食べているので一度つくってみたいなと思いました。……


その3 ビデオ「人間の街」から食肉市場を学ぶ(略)


その4 皮から革へ 事前学習・皮工場見学・皮なめしのじっけん・なめした革でふくろつくり
 皮工場見学で子どもは

 …さいしょ原皮をさわりました。なんかぬるぬるしていておもしろかったです。
 …上に行ってえんたちを見ました。おばさんがすばやく、ていねいにやっていました。おばさんたちはとなりととなりでやっていました。
 つぎは天日ぼしです。天日ぼしは、おばあさん一人でやっていました。おばあさん一人でやってんのたいへんだなあと思いました。天日ぼしは雨の日でも屋根があるからだいじょうぶと言っていました。
 …つぎは、シェービングマシーンを見ました。おじさん一人でやっていました。すぐ見ただけで、どこがあついかわかってやっています。おじさんは、ずっと前からやっていると思いました。
 …生の皮はべとべとして、ぬるぬるして、さいしょはいやだと思いましたが、なれてきたらおもしろくなりました。

と、書いている。
 皮工場見学では「ぬるぬる」「ちくちく」「ざらざら」している原皮から「つめたくて」「おふとんみたくてきもちいい」革になるまでをみせていただいた。えんたち、分かつ、シェービングマシーンなど、部分、部分の職人さんの仕事をじっくりみせていただき、子どもたちも、その仕事ぶりに驚き、感動した。が、皮から革へ、あのタイコのなかで何がおこっているのか、その変化する過程、時間をもっと子どもたちに、しっかりみせたい。からだでうけとめさせたい、そして“におい”についても、もっとせまりたいと、教室で皮なめしの実験を行うことにした。

今、社会で皮なめしをしています。さいしょ、原皮をふくろからだしたときは、ものすごくいやなにおいがしました。そして原皮をさわってみたら、まだ塩がついていたのでざらざらしていた。毛がついていたので、少しちくちくしていました。
 でも、それからせんたっきに皮を入れて次の日までせんたっきを回していました。そうしたら、すこしちくちくしなくなった。そして、中から皮をとって、皮を広げて、みんなで皮についていたのこりのしぼうをスプーンで取りました。さいしょはきもちわるかったけれど、だんだんなれてきていっぱいいっぱいしぼうがとれるようになった。せんたっきを回したら皮が白っぽくおもちのようになっていった。
 それから二日くらいたってクロムを入れました。クロムを入れる前はたまごのにおいになっていたけれど、こんどは、そのにおいは、ぜんぜんちがうにおいになっていました。クロムをいれたせんたっきのおん度は31度くらいだった。せんたっきの中の水は、こいみどりっぽくなっていた。……


皮なめしは、東墨田にあるK産業さんに原皮、薬品、つくり方とお世話になった。
 原皮をビニールぶくろから出したときのにおいに思わず顔をそむけた子どもたち。私も「すごいにおいだねー」。日に日に変化していくなかで毎朝登校するとすぐ洗濯機のところにいき皮を持ちあげてみるようになった。脱灰、酵解の後、水を含み真っ白にふくらんだ皮を取り出したときは「わー、おもちみたい」と歓声をあげ、目をみはっていた。多くの労働と時間と薬品、水を使い、原皮からしなやかな革になることを身をもって体験し、大昔は、生の皮を噛んでなめしたことを話し、人間の知恵のすばらしさを感じた。そして何より心に残っていることは「皮なめしって、水いっぱいつかうんだねー」。


その5 肉を使ってハンバーグつくり(略)
その6 腸を使ってソーセージつくり(略)
※今回、収録するにあたり、その3、その5、その6を省略しました。


その7 脂肪を使って石けんつくり
 おなべにラードを入れて溶かして石けんつくり。おなべに残ったかすもこうばしくして食べちゃった。すてるものなし。

(児童配布プリント)
ぶたくんのじゅぎょう その⑦ ~せっけんつくり
 今まで、ぶたくんの皮、ちょう、肉については実さいに見て使って、革のバッグ、ソーセージ、ハンバーグにしてきましたね。今回は脂肪(しぼう=あぶら)の番です。
 皮と肉のあいだにあって、大事なないぞうを寒さから守っています。肉やさんで肉といっしょに売られている「しぼう」はぶたのほんのわずかです。それでは大部分の脂肪はどこに行くかって?
 油脂(ゆし)工場¬=油やさんに行くのです。油やさんでとかされ、牛はヘット、ぶたはラードという油になります。ヘットもラードもいろいろな食べものに使われています。インスタントラーメン、ビスケット、クッキーやマーガリン、マヨネーズなどにたくさん使われています。ビスケットやクッキーは食べると口の中でサクサクとしぜんにとけていくのはこのヘットやラードのせいです。おせんべいには入っていませんから、食べるとボソボソしますね。T肉屋さんでは、コロッケやトンカツなどのあげものは、ぜんぶラードであげているそうです。
 牛やぶたの油は食べものに使われているだけでなく石けんにもなります。今日はラードから石けんを作ります。それから、ヘットやラードの油にするときにでるカスは、かためられて、たんぱくしつのしつのよい、しりょう=エサになるのです。このエサを食べて牛もぶたも、もりもりそだって、おいしいお肉になって、また私たちの口に入るのです。

石けんのつくりかた
★まず、ぶたの脂肪(しぼう)をおなべでラードにします。
 今回のげんりょう  ラード100g
           アルカリ(水さん化ナトリウム)15g
           ※食塩水

①アルカリようえきを作る  120ccの水に15gの水さん化ナトリウムをまぜA、Bの二つに分ける(ちょうど半分にする)。
②ビーカーにラード100gをいれてAのアルカリようえきをそそぐ。
③コンロでやく45分間ねっしながらゆっくりかきまぜる。ふっとうしそうになったらコンロをどける。
④全体に白くなってまざってきたらBのアルカリようえきをくわえる。
⑤コンロでさらによくねっする。しっかりかきまぜる(15分~30分)。
⑥のりのようにトロトロになってきたら、石けんができています。あまりかたかったら水をてきとうにくわえる(100ccぐらいずつ)。
⑦石けん分だけとりだすために食塩水(しお水)をそそぐ。2~3分ねっしていると、上の方に石けんがういてくる。
⑧コンロをけしてさます。
⑨石けんをガーゼでこす。
⑩石けんについている食塩を水であらう。
⑪かたにいれてできあがり!2~3日でかたまります。

石けんとごうせいせんざいのちがい
ごうせいせんざいとは、ふつう、せんざいといわれスーパーなどで売られているもの(ザブとかトップとか)。


その8 おわり とんこつラーメンつくり
 石けんつくりまでやって、かなりくたびれてしまった。が、ここまで授業をしてきて、最後の何かしめくくりになるものをやりたいと思っていたところ、給食の時間に「給食にラーメンが出たらいいなあ」という子どもがいた。ほかの子どもも「そうだよな」という。子どもたちはラーメンが大好きだ。そうだ、とんこつラーメンがあるではないか。ぶたくんの授業のおしまいはとんこつラーメンに決まり。
 さっそくクラスの子のお父さんがやっているラーメン屋さんに教わりにいく。とんこつスープのつくりかたを教わる。大きな大きなずんどうなべを用意し、げん骨、あばら骨など48時間にこむ。味つけは本格的に伯方塩を使う。
 当日、麺をゆでるのはラーメン屋のお父さんがきてやってくださった。1年間ぶたくんの授業をやるにあたりお世話になった肉屋さん、先生方も招待し食す。もちろん、おいしかった。子どもたちは、授業のまとめなんていう理屈はどうでもいい、ただただ学校でラーメンが食べられたのが最高のようだった。


木下川に対する地域の偏見は強い。隣の小学校で皮工場見学をしたところ子どもを欠席させた親もいるときく。そんななかで子どもたちのなかには、人のいやがる仕事、きたない・くさい仕事というみかた、感じかたが差別意識として根づいてしまう土壌がある。
 単に言葉で「それはまちがっている」と観念的におさえてみても、心の底に響かないことははっきりしている。具体的な日常生活の過程として体験させるなかで、革、食物として「つくりだす」歓びとだいじさをつかみとってほしい。少なくともその土台の部分を子どもたちに積み残せればと願った取り組みであった。この取り組みをして誰それがこう変わったという報告はできないが、休み時間、「におい」がしてきたとき、「くせえ!」という子どもの横で「あっ皮工場のにおいだね」といった子どもがいた。それでいいのではないか。子どもたちが、事実と向きあいみずから事実を確かめようとする生き方の一歩にはなったであろうと確信している。